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床上浸水未遂

9月27日10時
犯人は飲み会のために友人Mの家に侵入する
この時点で飲み会参加者のうち2人はまだ到着しておらず

9月27日10時半頃
犯人はMの家でカレーをごちそうになる

9月28日00時過ぎ
犯人は友人2人と残りの参加者2人を阪急茨木市駅に迎えにいく
と同時に犯人は仕掛けをセットする

9月28日00時半頃
犯人たち5人は阪急茨木市駅から帰ってくる
家主のMは犯人の仕掛けたものに気づき叫ぶ
「ぬぉぉ!!浸水してる~!!」
このとき犯人は他人事で何言っているの的なノリでふるまう
しかし・・・バレてしまった・・・
Mは犯人がシンクに仕掛けたカレーのお皿に気づいてしまう
この後犯人は自責の念におちいりひたすら床を拭いたのであった

『説明しよう!犯人は実はカレーを食べた後、その皿をシンクにもっていき、その皿を巧みに排水溝にはめ込み、そして水を少し流したままにしておき、みんなで出かけ、その間に浸水させるという巧妙な手口を使ったのであった!!!!』

Mさん・・・ほんまにごめんね。
みなさんもくれぐれも水の出しっぱなしには気をつけてくださいね・・・w
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by ecaep_dlrow | 2005-09-28 22:23 | 日記

送別会・・・?

17,18日と2夜連続で大先輩の送別会がありました。17日は後輩の僕たち主催、18日はその大先輩の仲間たち主催で行われました。
大先輩はこのたび2年間ほどイタリアに留学するそうです。いや~ほんと寂しいです。この2夜の送別会を最後にもう会えないなんて・・・って思ってたら嬉しいことに10月の第一週のサークルにこれるらしいのです♪手続きに時間がかかっているようで9月に旅立つのはキャンセルらしいです。やった♪ってゆっていいのかな?w まあ今回の後輩主催の送別会には来れる人が少なかったからまたぜひもう1回送別会したいものです。
僕は2日とも参加させてもらったのですが、18日の送別会に行ってほんとに大先輩はすごい人だなぁと思いました。大先輩のために東京から参加している人、バイクで静岡から駆けつけてきた人、社会人である中多くの先輩方が集まっていました。それだけみんな大先輩のことが好き、または尊敬してるんだなと感じました。僕も大先輩のことが大好きです。大先輩の笑顔はすばらしく、あれだけいい笑顔があるとそりゃみんあ好きになるでしょう。僕もいっぱい笑って、卒業してもずっとつながっているような友達をいっぱい作りたいです。
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by ecaep_dlrow | 2005-09-21 10:31 | 日記

ルーブル美術館展

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19世紀のフランス絵画ということですが、いつも勉強していこうと思うのですが結局勉強していかずに行ってきました。
歴史画、時事的絵画、オリエンタリスム、動物画、肖像画、風景画、風俗画という風に分かれていました。全部すごかったです。何がすごかったというと絵がほんとにうまかった(あたりまえですが)。絵を見ているとその人物の肌のすべすべ感や髪の毛のふさふさ、やわらかさ、布団の肌触りの良さそうな感じが伝わってくるのです。何度触れてみたいと思ったことか。それだけ、絵がすごいとその絵はほんとに今にも動き出しそうに見えるのです。その動きが1番はっきり見えたのが、「聖バルテルミの虐殺―コンティ公の養育係ブリオンの殺害、1572年8月24日」です。泣き叫ぶ子供や殺そうとしている人などの顔はものすごくいいです。
ほかにもすごいと思う作品は大量にあって紹介するとキリがないので省略します。やっぱりさすがルーブルですよw

今回で気づいたことは絵の「すごさ」と「怖さ」です。それはフランソワ・ジェラールの「聖別式の衣装をつけた皇帝ナポレオン一世」という作品を見たときに感じました。ナポレオンが栄光の頂点を極めたので、画家たちに「偉大な装い」の肖像画を注文したのです。画家それぞれはいろいろなやり方で描いたそうです。その中で威圧的なものは用いず、荘厳な皇帝像を示したものを採用し、レプリカを作らせ、それを支配者の肖像として伝播させたそうです。この絵は本当に皇帝の威厳があり、威圧的ではなく、かっこよく、偉大な皇帝らしさがあふれ出していました。
こんなに上手に絵が描けたら、被写体をいじればどんなものでも描けますよね。すごい極悪非道な人でも、ものすごく優しい、なんでも受け入れることのできそうな雰囲気を含んだ肖像画も描けるわけですよね。
僕は彼ら、すばらしい画家たちは現実より、現実的に絵を描くことができるという事実を知り、「すごい」なぁと思い、同時に「怖い」なぁとも思いました。
これがルーブル美術館展に行って得たもののひとつです。皆さんもぜひ行ってください。
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by ecaep_dlrow | 2005-09-15 20:09 | 芸術

同窓会

をしました。高校の2クラス合同の同窓会なので80人での同窓会!!と見せかけて1次会に集まったのはなんと13人・・・
まあでも楽しかったね♪卒業以来まったく会ってなかった人やら、1年の時ほんの少し喋ったことある!って人やら、と話せる機会があってよかったっすね。
やっぱりみんながいうポイントは会うのはものすごい久々やのに、昨日も会ってたかのように話せる人っていいなぁってことやね。ほんまもっと話したかったなぁ。昔を懐かしんで話してたらほんまノンストップですわ。これからもちょくちょく同窓会したいね。
大学でも何年経っても会って飲んだりできる先輩・友達・後輩をいっぱい作りたいです。みなさんよろしくw
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by ecaep_dlrow | 2005-09-13 12:02 | 日記

若布

漢字シリーズ!!!イェーイ☆

若布

なんて読むでしょう??

HINTS
1. black
2. about 1 meter tall
3. i used to eat this everyday when i've eaten breakfast everyday
4. slimy

EXAMPLES
1. do you know 若布 is a sister of 栄螺?
2. 若布 is really sexy because she always shows her underwear.
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by ecaep_dlrow | 2005-09-04 17:31 | 言葉

運命

この話題まだ引きずりますw アイーダのところで運命とは?的な話が出てきました。
なんかみんなのコメントを見てなんか自分なり(影響ばっちり受けてる?)の運命とは何かってのがわかってきたような気がします。まあいろいろ矛盾してるかもしれんけど許してね。

人が運命という言葉を使うときは「現在」や「過去」のことについてだと思います。
ex.『あの時あなたと会えたのは運命だったわ。』
しかし時々「将来」のことについて使っている人もいますよね。
ex.『俺頭悪いし、大学入られへんから就職するわ。これが俺の運命やし。』
運命という言葉が「現在」「過去」のことで使われるときは肯定的な意味が多い。逆に運命が「将来」のことで使われる場合は、否定的な意味が多い。

「肯定的な運命」は、①その出来事について後からいいように意味づけしていたり、またそれが②今後の人生に必要な出来事で必然だった(これが普通に使われる運命かな)と思ったり、するときに使われます。①と②と書いているのですが、これは僕の中ではまだ曖昧です。②の必然だったという考えも実は後からの意味づけという可能性もあるからです。でもそうだと言い切れないのは、僕自身、必然だったというロマンチックな運命を信じたいからだと思います。

「否定的な運命」は、これはその人の可能性を多いに否定するものだと思います。僕は「人間は、そのことをやると決意すれば、なんでもやればできる」という考えのもと生きています(たまにそのことを忘れ自分でもできないと言ってしまうときもありますが)。だからこの「否定的な運命」という言葉を使うことによって、その人の可能性を否定し、諦めをつけてしまっているのだと考えます。この「否定的な運命」は言い訳するときにはもってこいの言葉だといえます。

この2つの運命をまとめた上で、「否定的な運命」は使うべきでないと考えます。じゃあ「将来」のことについてはどんな言葉を使えばいいか。「可能性」だと思います。「可能性」はある・なしでは話してはなりません。低い・高いで話すものです。『運命やし・・・』と考えるのではなく、『可能性は低いけど、本気でやってみたら・・・』と考えると、選択肢も増え、目線も前に向き、人生が楽しくなるのではないでしょうか。

ま、「可能性」の話で話が広がりすぎたので消しちゃったので、最後「可能性」についてまとまりに欠けるかもしれませんが、了承くださいw とりあえず、僕の運命論はこんな感じですかね。
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by ecaep_dlrow | 2005-09-01 15:50 | 言葉